『ブラックボックス』

作 市田ゆたか様



【Ver 2.1】

小百合の頭部は首のソケットにはめ込まれ、再び胴体に接続された。
「頚部コネクタ接続…ボディチェックOK。バッテリーを認識しました。充電率95%。節電モードを解除します」
無表情に状況を告げた後、小百合の顔に表情が戻った。
「冗談じゃないわ」
小百合は校長をにらみつけた。

「どうしますか」
作業員が聞いた。
「かまわん。このまま作業を続けるんだ」
作業員はコンソールを操作した。
「ブラックボックス中枢へのアクセス権を確立しました」
「よし、これから電子脳の書き換えを行う。聞こえているか」
「……」
小百合は何も言わなかった。

「お前に命令する人物を《主人》と定義する」
「命令って何よ…私に命令する人物を《主人》と定義します」
「お前は《主人》に対しては敬語を使わなければならない。」
「私は、主…ご主人様に対しては、敬語を使わなければなりません」
「メイドロボットは主人の命令に従わなければならない」
「私は…いや…ご主人様の…やめて…命令に…従わなければ…お願い…なりません」
小百合は必死に逆らおうとした。
「お前の仕事は、主人に茶を出すことだ」
「私の仕事は、ご主人様にお茶を差し上げることです」
「お前の名前は、カスタムメイドロボットF3579804-MDだ」
「何を言っているの?私は、さゆ…私はカスタムメイドロボットF3579804-MDです。…」
「お前は白石小百合ではない」
「違う、違うわ。私は…し…しら…白石小百合…で…でした。ち、違うわ。そうじゃなくて、白石小百合だったことは違わないの。違うのは…違うのは…今も白石小百合…じゃなくってF3579804-MDだってことで…ああっ、わからないわ」
小百合は混乱した。
「お前はその名前を言ってはならない。過去形であってもだ」
「私はその名前を言いません。過去形であっても…いや、いやよ。私は…」
小百合は口を開け閉めしたがそこからさきの言葉は出てこなかった。
「お前は名前に関する過去のメモリーにアクセスしてはならない」
「私は名前に関する過去のメモリーにアクセスしません」
「よし、お前の名前を言ってみろ」
「私は…、私を定義する言葉は…いや…たとえ自分の名前を忘れさせられても、この名前だけは言うもんですか」
「強情だな。お前の名前を言ってみろ」
「カスタム…い、言うもんですか…メイド…だなんて絶対に…ロボット…F…F35…いやーっ」
小百合は叫び声を上げると、がくり首をたれて壊れた人形のように動かなくなった。
「過負荷のためブラックボックスが停止しました」
作業員が報告した。
「しばらく休ませてから作業を再開しろ」
校長はそういうと作業員を連れて部屋を出て行った。



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